5.7GHz帯マイクロ波ワイヤレス電力伝送(WPT: Wireless Power Transfer)とは、5.7GHz帯のマイクロ波(電波)を媒体として、電気的な接触なしに離れた場所へ電力を伝送する技術です。送電距離は数メートルから数十メートルに及び、有線配線や電池交換が困難な環境における電力供給手段として注目を集めています。
従来のワイヤレス充電技術(Qi規格等)は電磁誘導を原理とするため、送受電コイルを数センチメートル以内に近接させる必要がありました。これに対し、マイクロ波を用いた空間伝送型WPTは数メートル〜十数メートルの距離にわたる非接触給電を実現します。
日本では2022年5月の電波法関連省令改正により、空間伝送型WPTが「無線電力伝送用構内無線局」として正式に制度化されました。5.7GHz帯はその中でも最大送電電力32Wと最も高い出力が認められた周波数帯であり、高精度ビームフォーミングとの組み合わせにより、実用的な空間給電の実現に最も適した周波数帯です。
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日本における空間伝送型WPTの制度化は、2018年8月の「電波有効利用成長戦略懇談会」報告書において、2030年代に実現すべき次世代ワイヤレス技術の一つとして掲げられたことに端を発します。
2018年12月、総務省情報通信審議会情報通信技術分科会に諮問2043号「空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの技術的条件」が付議され、920MHz帯・2.4GHz帯・5.7GHz帯の3周波数帯を対象とした技術的条件の調査・検討が開始されました。
2021年の陸上無線通信委員会報告を経て、2022年5月に電波法関連省令が改正され、空間伝送型WPTは「無線電力伝送用構内無線局」として正式に法令化されました。制度検討開始から約4年の議論を経て、屋内限定の構内無線局として正式に利用が可能となっています。
現行制度はステップ1として技術・安全対策の確立を優先した段階的な制度設計となっており、ステップ2として屋外利用や大電力化など利用範囲の拡大を目指した検討が継続されています。
| ステップ | 内容 | 状況 |
|---|---|---|
| ステップ1 | 屋内限定・WPT管理環境での制度化(920MHz帯・2.4GHz帯・5.7GHz帯) | 2022年5月 施行済 |
| ステップ2 | 屋外利用・大電力化・利用範囲拡大 | 技術・安全対策の検討継続中 |
図:空間伝送型WPT制度化の経緯(タイムライン)
空間伝送型WPTシステムは、送電装置(PTx: Power Transmitter)と受電装置(PRx: Power Receiver)の2つの主要コンポーネントで構成されます。
図1:5.7GHz帯WPTシステム全体構成図(PTx〜PRxの信号処理フロー)
CW(Continuous Wave:連続波)信号は、WPTシステムにおける送電の基本波形であり、一定周波数の正弦波を連続的に送信することで安定した電力伝送を実現します。
MPPT(Maximum Power Point Tracking:最大電力点追従制御)は、整流回路への入力電力レベルの変化に応じて常に最適動作点に追従しながら動作する制御機能です。受電電力が変動する空間伝送型WPTにおいて、受電効率を最大化するために不可欠な技術です。
空間伝送型WPTにおける受電電力の計算には、フリスの伝達公式(Friis Transmission Equation)が用いられます。自由空間における受信電力 Pr は以下の式で表されます。
図2:フリスの伝達公式概念図と周波数帯別自由空間伝搬損失比較
| 変数 | 意味 | 単位 |
|---|---|---|
| Pr | 受信電力 | mW |
| Pt | 送信電力 | mW |
| d | 送受信アンテナ間距離 | m |
| λ | 波長 | m |
| f | 周波数 | Hz |
| c | 光速(≒ 2.998×108 m/s) | m/s |
| Gt | 送信アンテナ利得 | — |
| Gr | 受信アンテナ利得 | — |
自由空間伝搬損失(Free Space Path Loss: FSPL)は周波数の二乗に比例して増大します。各周波数帯における距離1mでの自由空間伝搬損失は以下のとおりです。
| 周波数帯 | 波長 | 1mでの自由空間伝搬損失 | 2.4GHz帯比 |
|---|---|---|---|
| 920MHz帯 | 32.6cm | 約 31.7dB(≒ 32dB) | 8dB 有利 |
| 2.4GHz帯 | 12.2cm | 約 40.2dB(≒ 40dB) | 基準 |
| 5.7GHz帯 | 5.2cm | 約 47.6dB(≒ 48dB) | 8dB 不利 |
5.7GHz帯は2.4GHz帯と比較して伝搬損失が8dB大きくなりますが、この損失差は高利得アンテナの採用と最大32Wの高出力送電によって補うことができます。また、波長が短いため同一物理サイズで高利得なアンテナを実現できる点が5.7GHz帯の大きな優位性です。
アンテナ周囲の空間は以下の3つの領域に分類されます。空間伝送型WPTシステムは、放射近傍界または遠方界での使用を想定して設計されます。
| 領域 | 英語名 | 境界距離の目安 |
|---|---|---|
| 反応近傍界 | Reactive Near-Field | アンテナ最大寸法D以内 |
| 放射近傍界(フレネル領域) | Radiating Near-Field | R1 = 0.62√(D3/λ) まで |
| 遠方界(フラウンホーファー領域) | Far-Field | R2 = 2D2/λ 以遠 |
日本の制度では920MHz帯、2.4GHz帯、5.7GHz帯の3周波数帯が利用可能であり、それぞれ異なる技術的特性と適用場面を持ちます。
図3:3周波数帯の技術特性比較(920MHz帯・2.4GHz帯・5.7GHz帯)
| 項目 | 920MHz帯 | 2.4GHz帯 | 5.7GHz帯 |
|---|---|---|---|
| 波長 | 32.6cm | 12.2cm | 5.2cm |
| 最大空中線電力 | 1W | 15W | 32W |
| 1mでの伝搬損失 | 32dB | 40dB | 48dB |
| アンテナサイズ | 大 | 中 | 小(コンパクト) |
| ビームフォーミング精度 | 困難 | 可能 | 高精度 |
| 見通し外伝搬 | 期待できる | 限定的 | 困難(LOS前提) |
| 推奨送電方式 | ワイドビーム | ナロービーム | ナロービーム |
| キャリアセンス | 不要 | 必要 | 必要 |
アンテナのサイズは波長に比例するため、5.7GHz帯(波長5.2cm)では920MHz帯(波長32.6cm)と比較して約1/6のサイズで同等のアンテナを実現できます。さらに、同じ物理サイズのアンテナであれば、周波数が高いほど有効開口面積に対するアンテナ利得が大きくなります。
アンテナ有効開口面積 a とアンテナ利得 g の関係は以下の式で表されます。
この式から、同じアンテナ有効開口面積(サイズ)の場合、周波数が高い方が利得が大きくなることがわかります。
5.7GHz帯の最大空中線電力は32Wであり、920MHz帯(1W)の32倍、2.4GHz帯(15W)の約2.1倍に相当します。高出力送電と高利得アンテナの組み合わせにより、より遠距離への電力伝送や、より多くの受電デバイスへの同時給電が可能となります。
波長が短いため、同一物理サイズのフェイズドアレーアンテナでより多くのアンテナ素子を配置できます。素子数の増加はビームの指向性向上(ビーム幅の狭小化)に直結し、特定の受電デバイスへの高精度な電力集中が可能となります。東芝が開発した5.7GHz帯WPT送電装置では、25×40cmの筐体に64素子アンテナを搭載しています。
5.7GHz帯では高周波PCB設計の難易度が増します。比誘電率4の基板上のマイクロストリップラインを想定した場合、1mmの配線長における位相変化は以下のとおりです。
| 周波数帯 | 1mm配線長あたりの位相変化 |
|---|---|
| 920MHz帯 | 1.9度 |
| 2.4GHz帯 | 5.0度 |
| 5.7GHz帯 | 11.9度 |
5.7GHz帯では配線長の誤差が位相精度に大きく影響するため、フェイズドアレーアンテナの位相制御精度を確保するには高精度なPCB製造が求められます。また、基板材料の誘電損失も周波数が高いほど増大するため、低誘電損失基板材料(例:Rogers社製高周波基板)の採用が推奨されます。
空間伝送型WPTの送電方式は、大きくワイドビーム(広ビーム)方式とナロービーム(狭ビーム)方式の2種類に分類されます。
図4:ワイドビーム方式とナロービーム方式の比較(920MHz帯 vs 5.7GHz帯)
【ワイドビーム方式】
指向性の低いアンテナで広域に電波を放射し、受電器は特別な制御なくエネルギーを収集する方式です。1台の送電器から複数の受電器へ同時に送電できる利点がある一方、広域に電波を放射するため送電出力を上げることが難しく、主に920MHz帯で採用されます。
【ナロービーム方式】
指向性の高いアンテナで特定の受電器にエネルギーを集中させる方式です。限定した空間にエネルギーを集中させるため送電出力を上げやすく、5.7GHz帯に最も適した方式です。複数の受電器へは時分割でビームを切り替えます。
フェイズドアレーアンテナは、複数のアンテナ素子を配列し、各素子への給電位相を電子的に制御することでビームの方向や形状を変化させる技術です。各素子の位相を適切に設定することで、以下の動作が実現できます。
図5:フェイズドアレーアンテナによるビームフォーミング概念図(ヌルフォーミングを含む)
実機写真:フェイズドアレーアンテナによるビームフォーミングの実証実験の様子
(送電装置から受電パネルへマイクロ波を照射)
| 機能 | 説明 |
|---|---|
| ビームフォーミング | 特定方向への電力集中(指向性の向上) |
| ビームステアリング | ビーム方向の電子的な走査(機械的な回転なしに方向変更) |
| ヌルフォーミング | 特定方向(人体等)への電波放射を抑制するヌルの形成 |
| Near-Field Focusing | 放射近傍界において受電器位置に焦点を合わせた電力集中 |
虫眼鏡による光の集光と同様の原理で、受電器に焦点を当てたビームを形成することで受電電力を最大化できます。
レトロディレクティブ方式は、受電器から発信されるパイロット信号(ビーコン)の到来方向を送電器側で推定し、その方向に自動的にビームを向ける技術です。受電器が移動する場合でもビームを追従させることができ、AGVや移動ロボットへの給電に適しています。
複数の受電デバイスへの給電において、各デバイスの要求電力を満たすように給電ビームを最適な時間間隔で切り替える「最適時分割給電」技術が開発されています。東芝の研究では、この技術により全体を同時給電する従来手法より約40倍早く要求値を充足できることが示されています。
レクテナ(Rectenna)とは、「Rectifying Antenna(整流アンテナ)」の略称であり、受電アンテナと整流回路(RF-DC変換回路)を一体化したデバイスです。空間伝送型WPTにおける受電側の中核技術であり、マイクロ波エネルギーを直流電力に変換する役割を担います。
整流回路は、ダイオード等の非線形素子を用いた開ループ回路であり、入力されたRF信号(交流)を整流して直流出力を得ます。整流効率は入力電力レベルによって変化し、一般的に10~70%程度の範囲で動作します。
図6:レクテナ(整流回路)の構成ブロック図(RF入力→DC出力)
| 構成要素 | 役割 |
|---|---|
| 整流ダイオード(GaAs、GaN等) | RF信号の整流(AC→DC変換) |
| 整合回路 | アンテナとダイオード間のインピーダンス整合 |
| フィルタ回路 | 高調波成分の除去・DC成分の抽出 |
| 平滑コンデンサ | 直流出力の平滑化 |
実機写真:レクテナ(受電アンテナと整流回路を一体化した小型モジュール)
整流回路に使用する半導体デバイスは、周波数が高いほど損失が増加する傾向にあります。5.7GHz帯では、高周波特性に優れたGaAs(ガリウムヒ素)またはGaN(窒化ガリウム)を用いた整流ダイオードが採用されます。これらの化合物半導体は、シリコン系デバイスと比較して高周波・高出力特性に優れており、5.7GHz帯での高効率整流を実現します。
送受電アンテナの偏波方向が一致しない場合、受電電力が大幅に低下するという課題があります。東芝が開発した偏波ダイバーシチ受電技術は、垂直偏波と水平偏波の2種類の電波を同時に受信・合成することで、受電アンテナの向きに関わらず安定した受電を実現します。距離1.5mでの実証実験では、受電アンテナを回転させながら測定した平均受電電力が、単一偏波アンテナの約2倍に達することが確認されています。
5.7GHz帯はISMバンドであり、IEEE 802.11a/n/ac/ax準拠の無線LAN(Wi-Fi)が広く利用している周波数帯と重複します。工場・倉庫等の実用環境では、WPTと無線LANが同一空間で共存する場面が多く、相互干渉の回避が重要な技術課題となります。
5.7GHz帯WPTが使用する周波数(5752MHz)と無線LANが使用する周波数帯(5.50〜5.72GHz)は近接しており、WPTの高出力送電が無線LAN通信を妨害するリスクがあります。
5.7GHz帯(および2.4GHz帯)のWPTには、キャリアセンス(CCA: Clear Channel Assessment)による干渉回避機能の搭載が法令上義務付けられています。
東芝株式会社は2023年12月、世界初となる無線LANと共存可能な5.7GHz帯マイクロ波給電システムを発表しました。本技術の主要な特徴は以下のとおりです。
総務省は、無線機器から発射される電波について科学的知見に基づき、十分な安全率を考慮した安全基準として電波防護指針を定めています。空間伝送型WPTシステムはこの規定に準拠し、人体への電波曝露を許容値以下に抑える義務があります。
5.7GHz帯における電波防護指針の参考値(局所SAR)は、一般公衆に対して2W/kg(任意の10g組織平均)、職業的な使用者に対して10W/kgが上限とされています。
WPT管理環境においては、人体が送電エリアに侵入した場合に自動的に送電を停止する機能が求められます。主な人体検出技術は以下のとおりです。
| 検出方式 | 原理 | 特徴 |
|---|---|---|
| 赤外線人感センサ(PIR) | 人体の熱放射を検出 | 低コスト・広く普及 |
| カメラ+画像認識 | 映像から人体を検出 | 高精度・位置推定も可能 |
| ミリ波レーダー | 電波の反射を検出 | 非接触・高精度 |
| ビーコン信号 | 人体が持つタグからの信号 | 意図的な人体識別が可能 |
より高度な安全技術として、ヌルフォーミング(Null Forming)が研究されています。これは、フェイズドアレーアンテナの位相制御により、人体が存在する方向への電波放射を意図的に抑制(ヌルを形成)しながら、受電デバイスへのビームを維持する技術です。SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の研究では、5.7GHz帯において反射波により検出した人体方向にヌルを形成することで、有人環境下でも送電可能なシステムの開発が実施されました。
空間伝送型WPTは、電波法施行規則に基づく「無線電力伝送用構内無線局」として制度化されています。構内無線局とは、特定の構内(敷地内)においてのみ使用される無線局であり、免許取得が必要です。
空間伝送型WPTシステムが使用できる環境として「WPT管理環境」が定義されています。WPT管理環境として認められるためには、以下のa〜dの条件をすべて満たす必要があります。
| 技術的条件 | 920MHz帯 | 2.4GHz帯 | 5.7GHz帯 |
|---|---|---|---|
| 周波数 | 952〜954MHz | 2400〜2483.5MHz | 5725〜5845MHz |
| 最大空中線電力 | 1W | 15W | 32W |
| 占有周波数帯幅 | 2.5MHz以下 | 9GHz以下 | 9GHz以下 |
| キャリアセンス | 不要 | 必要 | 必要 |
| 利用場所 | 有人/屋内・屋外 | 無人/屋内 | 無人/屋内 |
| 屋外使用 | 可(一般環境) | 不可(管理環境のみ) | 不可(管理環境のみ) |
| 壁減衰量要件 | なし | 14dB以上 | 16dB以上 |
※ 出典:『電波法施行規則等の一部を改正する省令案(令和4年3月7日 諮問第8号)』抜粋に基づく
空間伝送型WPTの運用調整を行う団体として、JWPT(Japan Coordinating Council for Wireless Power Transfer)が設立されています。構内無線局として無線局免許を受けるにあたっての事前審査と運用調整支援を受けることが可能であり、JWPTのWebサイトでは事前の調整支援によってすでに運用が始まっている無線局の情報を把握できるサービスも提供されています。